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風の音づれ Vol.26 忍冬の花

 文部科学省による令和3年度学校保健統計によれば、小学校一年生の平均身長は116.7cmとのこと。同じ調査の17歳男子の平均身長が170.8cm、女子の平均身長は158cmですから、その差が概ね50cm前後あるということです。目の高さがそれだけ違うのですから、普段子どもたちに見えている景色も、きっと私たちのそれとは違うのだろうと思います。

 さらに言えば、大人の視野が水平方向150度、上下方向120度であるのに対して、子どもの視野は水平方向90度、上下方向70度とずいぶん狭い(目黒区立鷹番小学校ホームページから)ので、おのずから子どもは目の前のものだけにフォーカスして、きっと夢中になって見つめるのでしょう。

 例えば、この季節の道端や土手、公園や空き地で当たり前のように咲いているハルジオンの花。大人からすれば、取るに足らない、もっと言えば外来種のしたたかな雑草といった印象ですが、子どもの目線で見ると、繊細な花びらの造形に思わず見入ってしまいます。

ハルジオンが花の時期を終えるころから秋にかけて、今度はヒメジョオンが咲きますが、ハルジオンの花弁が糸のように細いのに対して、ヒメジョオンの花弁は少し幅があって、よりキクに近い印象です。

 ハルジオンと並んで、梅雨入り前のこの時期、開智望キャンパスで見かける花と言えば、このスイカズラです。

隣の敷地の茂みに絡みつくようにつるを伸ばしながら、その先にたくさんの白い花をつけています。一つひとつの花からは芳香がこぼれて来ます。つる性の植物で、花の蜜を吸うと甘いことから「吸葛」と書きますが、葉を枯らすことなく冬を越えることから、「忍冬(ニンドウ)」という中国名を持ち、こちらの表記の方に、より詩情をかきたてられますね。

 

「忍冬のだらだら花や法師蝉」 (石田波郷)

 

 スイカズラの花の一つひとつは短命で、すぐに黄色味を帯びたと思ううちに萎れてしまいますが、新しい花が次々に開くので花の時期は長く、ほぼひと夏を越えて行きます。石田波郷や星野麥丘人といった俳人はそんなスイカズラを「だらだら花」「だらだら咲き」と表現しています。彼らはこの花を決して軽んじていたのではありません。石田波郷は晩年の練馬の家の生垣に咲くスイカズラの花を愛し、その家を「忍冬亭」と呼んでいました。1932年に松山から上京した石田は、大学中退、出征、病気療養を経て、1946年からは、戦争の劫火に翻弄された人々がたくましく再生していく東京の街に居を構えて、移ろいゆく季節が刻む小さな襞(ひだ)のなかに見え隠れする、人間の心模様を拾い上げるように、数々の句を遺しました。

 道端の小さな草花を見つめることのできる時間を、いつまでも忘れずにいたいものです。

(片岡)